「道後温泉」は道後温泉旅館協同組合の登録商標です。商標登録番号 第5071495号

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道後温泉について

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道後温泉は、「日本書紀」にも登場するわが国最古の温泉です。道後温泉のシンボル「道後温泉本館」は、どっしりとした構えの本館上の振鷺閣(しんろかく)には伝説の白鷺を据え、また毎朝6時に太鼓の音で開館を告げるなど、歴史ある温泉情緒をかもしだしています。

道后温泉是日本最古老的温泉,在日本最早的古书(日本书记)中就有记载。道后温泉本馆是道后温泉的象征。厚实的振鹭阁,建立在本馆顶楼上,叙述着一个关于白鹭的传说,每天清晨六点,阁楼里的敲鼓,是温泉开馆的报时声,传出了一股浓郁悠久的温泉街情调。

道後温泉の歴史
道后温泉的历史

道後温泉の歴史

道後の名の由来道后之名的由来

大化改新(645年)によって各国に国府が置かれ、この国府を中心として、道前・道中・道後の名称が生まれました。道中は、国府のある地域を称し、京に向かって国府の前部にあたるところを道前、後部にあたるところを道後と呼んだわけです。従って、中世の道後は、現在の今治市より南を総称したわけですが、近世に入ってからは、温泉の湧く今の道後に限定するようになりました。

大化改新645年,根据各地政府规定,以地方的中心地区设立道前,道中,道后。道中是地方政府所在地,从它的前方面向当时京都而延生的地区被称为道前,后方地区称为道后。中世纪的道后就是现在的今治市以南的地区,到了近世,涌出温泉的地方才被指定为现在的道后。

白鷺の伝説白鹭的传说

白鷺の伝説は、足に傷を負い苦しんでいた一羽の白鷺が岩間から噴出する温泉を見つけ、毎日飛んできてその中に足を浸していたところ、傷は完全に癒えてしまい、元気に飛び去ったというものです。これを見た人たちは大変不思議に思い、入浴してみると、爽快で疲労を回復することもでき、また、病人もいつのまにか全快したことから、盛んに利用されるようになりました。この鷺谷という場所は、今の道後温泉にほど近い地であったといわれ、後世の人たちがこの伝説を記念するために、鷺石という石をここに置きましたが、現在は道後温泉駅前の放生園に移され、保存されています。

相传有一只白鹭,脚负了伤,正在很痛苦中发现脚下有从石头岩缝间涌出的温泉,将脚泡进去后,慢慢地伤口被温泉治愈好了,能够恢复体力远飞而去。看到这一奇景的人们感到很不可思议,也尝试着浸泡到温泉后,身体的疲劳都恢复,人也感到神情爽快。另外,还有身患疾病的人通过浸泡温泉后,疾病也消失了。随后,越来越多的人都开始利用温泉了。白鹭出现的地方后来被命名为鹭谷,就在现在的道后温泉附近。为了纪念这个传说,后人将白鹭曾经站立过的石头叫做鹭石,把它保存在现在的道后温泉站前面的放生园里。

白鷺の伝説

玉の石玉之石的传说

「伊予国風土記」には、この二神の伝承として大国主命が、重病の少彦名命を助けようとして、大分の速見の温泉を引き湯あみさせたところ、不思議によみがえり、立ち上がった少彦名命が踏んだ石に足跡が残ったという伝承があります。

根据(伊予国风土记)的记载,神巡此地中的二位神灵之一的大国主命,为了治疗得了重病的年少的神灵少彦名命,从大分县的速见温泉引出汤泉,让少彦名命通过浸泡温泉,很快就神奇般地治愈好了,还可以踏在石头上站立起来,快乐地跳起舞来,被他踏过的那块石头就叫做玉之石。

玉の石

聖徳太子と湯の岡の碑文圣德太子和汤之冈的碑文

法興六年(596)、伊予の温泉を訪れた聖徳太子は霊妙な温泉に感動を覚え碑文一首をつくりました。当時の温泉郷は椿が豊かに生い茂り、あたかも天寿国にある思いがするとたたえられています。

法兴六年(596)年,相传圣德太子巡游此地,被灵妙的温泉所感动,作了一首碑文,歌颂了当时的温泉乡,是一个茶花盛开,枝叶茂盛,气候宜人,仿佛长寿的天国一般的地方。

聖徳太子と湯の岡の碑文
明治以降の近代化への流れ

明治以降の近代化への流れ明治以后向近代化的发展

明治23年(1890)道後初代町長、伊佐庭如矢(いさにわゆきや)は当時老朽化していた道後温泉本館改築に取り組みました。当時、内外の多くの反対、批判、命の危険に晒されながらも、自ら給与を無給とし、初志貫徹、100年たっても真似の出来ない物を造ってこそ意味がある、人が集まれば町が潤い、百姓や職人の暮らしもよくなると誠心誠意をもって町民を説得してこの偉業を成し遂げたというものです。棟梁には、城大工の坂本又八郎を起用し、当時でも珍しいとされる木造三層楼の作りになっています。また、道後への鉄道引き込みを企図し、道後鉄道株式会社を設立、一番町〜道後、道後〜三津口間に軽便鉄道を走らせたり関西からの航路が開かれるなど、道後温泉が発展していった時節といえるでしょう。伊佐庭如矢のお墓は、道後温泉街を見下ろす鷺谷の墓地に葬られています。

明治23年(1890年),第一位担任道后町的町长,叫伊佐庭如矢(YI SA NI WA YU KI YA),为了改建当时已经很陈旧的道后温泉本馆,不顾受到各方面的反对和压力,甚至还要冒着生命危险,不收取报酬,立志将温泉本馆建成了以后百年都不能再仿造的独一无二的温泉建筑,温泉所在地也吸引了各方来的人们投资,变得富裕起来,当地的百姓和手艺人的生活也随之变得好起来,他是满怀着诚意,说服了当地的居民,才使得这一伟业能够实现。本馆的栋梁设计者起用了建造松山城的木匠坂本又八郎,由他负责担任并建造了在当时就很稀罕的木造三层楼。另外,伊佐庭如矢还成立了伊予铁道公司,铺了铁轨,以便将市中心地的一番町至道后,还将三津码头至道后连起来,这样就可以方便从关西来的航路,更加有利于温泉的繁荣旺盛。伊佐庭如矢死后的墓地,被安放在能够俯瞰他生前深爱的道后温泉街道的鹭谷墓地里。

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施設案内
道后温泉本馆设施的介绍

施設案内

振鷺閣 (しんろかく)振鹭阁

本館三階の屋上に設置されている振鷺閣は、約一坪の周囲に赤いギヤマンの障子で、夜になると中央天井から釣ランプを灯していました。当時はネオンもなく湯の町の夜空に異彩をはなったと言われています。さらに、中央に吊るされた太鼓は、昔から時刻を告げる「刻太鼓」として1時間毎に打ち鳴らされていましたが、現在は、朝・昼・夕の3回だけ鳴らされています。この刻太鼓は環境庁の残したい日本の音風景100選に選定されています。

建立在温泉本馆的三楼屋顶上,约一平方米的阁楼被红色玻璃围绕,到了夜晚,顶楼上方的吊灯闪亮,将温泉地区的夜晚照耀出别样的色彩。各楼中间设立了大鼓,每隔一小时就传出敲鼓声。现在每天清晨,中午,傍晚敲鼓三次。这一敲鼓的传统,被环境厅选为日本的最动听的音乐风景百选之一。

  • 神の湯

    神の湯神之汤

    神の湯(かみのゆ)は2階席と階下に分けられています。2階席の休憩所は、霊の湯とは別の大広間で、貸しタオル、浴衣、お茶、お菓子が付きます。階下には休憩所はありませんが、道後の湯を存分に味わうことができます。浴室は、神の湯2階席と階下とは同じ浴室になります。

    道后温泉本馆设有神之汤,分别在二楼和楼下。二楼的大休息间里,有借出毛巾,浴巾的服务,并且提供茶水和点心。一楼虽然没有休息间,但是同样可以充分享受道后温泉的汤泉和气氛。

  • 霊の湯

    霊の湯灵之汤

    霊の湯(たまのゆ)は3階個室と2階席に分けられています。3階個室は、休憩室が個室となっており、浴室は霊の湯2階席と同じ浴室で、貸しタオル、浴衣、お茶、お菓子が付きます。2階席は休憩所が大広間(神の湯2階席の大広間とは別)で、個室とは違った開放感の中で湯上がりのお茶もまた格別です。

    道后温泉本馆设有灵之汤,分别在三楼单间和二楼。三楼的单间有独立的休息间,浴室和灵之汤的二楼浴室为同一处。同样有借出的毛巾,浴衣,茶水和点心服务。二楼的休息间是大房间,但和神之汤的二楼休息间是不同的。三楼单独休息间的气氛和提供的茶水服务,更是别具一格。

又新殿(ゆうしんでん)

又新殿(ゆうしんでん)又新殿

又新殿(ゆうしんでん)は、明治32年(1889)に建てられた皇室専用の湯殿。昭和天皇は昭和25年(1950)に来浴されています。建築様式は、桃山時代風の優雅なもので、畳は備後表の高麗縁、欄間にしめどり、いかるがの透かし彫り、天井は高麗張りの桐の三枚重ね、ふすまは金箔に極彩色の枝菊が描かれている豪華絢爛なもの。建具類もすべて極上の漆を用いた輪島塗りで、建築以来一分の狂いも生じていないすぐれたものです。
浴槽は、御影石の中でも最上とされている香川の庵治石で、正面湯釜に大国主命、主彦名命の両神像を刻んだ宝珠があります。

又新殿是在明治32年(1889)专门为皇室设立的温泉浴室。昭和天皇于昭和25年(1950)驾临过道后温泉本馆并浸泡过温泉。又新殿的建筑风格带有桃山时代的优雅,榻榻米草席使用了备后表的高丽绿,每块榻榻米草席间有晶莹透彻的雕刻,浴室天花板张贴了三层高丽桐木板,拉门采用锡金镶嵌的菊花图案,非常富丽堂皇。里面的摆设都一律使用了百里挑一的最高级的石川轮岛涂漆器具。浴槽用高级的香川庵治石头砌成,正面的汤泉釜上嵌刻了二位神灵的大国主命和主彦名命的宝珠。又新殿可以单独参观,也可以通过灵之汤洗浴过程免费参观。

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道後温泉の泉質







アルカリ性単純泉の湯質は、きめ細やかな日本人の肌にピッタリのなめらかなお湯で、湯治や美容に適しています。聖徳太子から夏目漱石、正岡子規など多くの文人墨客(ぶんじんぼっかく)が訪れ、源泉29本のうち、現在でも19本が愛媛県に登録されています。このうち1本は施設老朽化のため休止していますが、残りの18本で温泉を汲み上げています。泉温は最も低いもので20℃、最も高いもので55℃程度です。また、各源泉から地中に埋設した送湯管で、4ヶ所の分湯場に集めたお湯を、道後温泉本館・椿の湯、周辺のホテル・旅館へ配湯しています。

属于弱碱性单纯泉,柔滑的泉质非常适合日本人细腻的皮肤,有助于泉疗和美容。圣德太子,夏目漱石,正冈之规等众多文人墨客都曾经巡游到访过道后温泉。原来有29支源泉,现存的19支以爱媛县的名义登录,其中的一支由于设施老朽而停业,剩下的18支一直涌出着温泉而营业。泉温度最低的是20度,最高的达55度。同时,从各支源泉铺设送泉管道,引温泉至四处分流场,然后再引温泉分往道后温泉本馆,茶花温泉馆,以及周边的各处旅馆。

道後温泉の泉質